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いま、バンコック
6. January 2009
私、明博史、カンボジア地雷撤去キャンペーン(CMC)の現地駐在員として、カンボジア、バッタンバンに赴任する事となりました。これから1年あまり、カンボジアで生活することになります。
まずはバンコックに入ってそれから陸路でカンボジアへ入ります。
直前まで旅支度。そして、昨日なんとか無事に関空から自分の旅史上最大荷物を持って出発。旅というより引越。
機内爆睡。。。
懐かしきバンコック、愛するバンコック到着!いつもと比べてやたら荷物が多いので空港からはローカルバスはやめてリムジンバスに乗ることにした。バスを待つ間、韓国人のツーリストに声をかけられる。もう1年以上旅しているという。どうも友人から送金してもらう手はずだったのが銀行の取扱時間に間に合わず、手元に現金がないらしい。同じくカオサン方面まで行くというのでバス代を立て替えてあげることにした。
いつもながらこういうシチュエーションではよほど怪しくない限りつい手をさしのべてしまうのだった。リスク承知で。
50歳代の男性。長旅の途中。もともとはfishing companyの経営をしていたという。中国との価格競争に負けて、いまは会社はたたんだらしい。そして旅の身。
いつもの定宿ではなく、彼がいつも泊まるというバンランプーエリアのゲストハウスへ一緒に向かう。そこは韓国人がオーナーのゲストハウス。最近、何かと韓国には縁があるらしい。ならば、今夜の宿はここで。
彼と一緒に遅い食事へ。バンコック一日目、予想外の展開で始まる。
いま、バッタンバン
4. November 2007
カンボジア、バッタンバンに来ている。今日で3日目。今回は約1週間の旅。
「カンボジア地雷撤去キャンペーン(CMC)」 というNGOの現地事務所がここバッタンバンにある。今回はCMCのコーディネートで、地雷・不発弾被害の現状、被害者へのサポート活動、教育事情を取材する。
バッタンバンははじめて。以前から来たいと思っていてやっと叶った。話に聞いていた通り都会なんだけれどどこかのんびりしている。プノンペンは何かとせっかち過ぎるし、シェムリアップは急激な観光開発であまりに街の変化が速い。それらに比べてバッタンバンはちょうどいい。何があるわけではないが、この街が気に入った。
街を歩く。通りの喧騒、マーケットのにぎわい、安食堂で食べる味、巻き上がる埃にかすむ風景、そして広く力強い青空。自分の足で街のスケールを測っていく。久々のカンボジアに気持ちが軽くなっていく。
いい出会いがあることを。

バッタンバン駅の線路で遊んでいた子どもたち。汽車はめったに通らない。週に1本?らしい。
アフガニスタン 山の学校、報告会へ。
21. October 2006
アフガニスタンをずっと撮り続けている 長倉洋海さん 。長倉さんが山深いパンシール峡谷、ポーランデ村の学校の子どもたちに出会ったのが2002年。2004年には「アフガニスタン山の学校支援の会」を立ち上げ本格的に支援活動を始めた。その報告会が高槻で開かれるので行ってきた。
僕にとって長倉さんは特別な写真家だ。長倉さんの写真に出会ってなければ写真家を目指すことはなかっただろう。いつまでも心の師匠。お会いするたび背筋が伸びる。
「山の学校」の子どもたちの写真をスライドショーで。学校という場がそのままストレートに”希望”とか”夢”なんかにつながっている。そこで学ぶ子どもたち。とても温かく力が沸いてくる。
長倉さんが「山の学校」を支援する理由。
祖国の独立のため、ソ連と戦い、タリバーンと戦った指導者マスード。2001年にテロの犠牲になり亡くなってしまった。単なる取材者-被写体ではなく深い信頼と友情を結んでいたマスードが亡くなって、長倉さんは一時、アフガニスタンで何も撮る気がなくなってしまった。
生前、「未来を創るのは子どもたち」と教育の必要をいつも説いていたマスード。「山の学校」の子どもたちと出会った長倉さんの背中を押した。そう、死んだ人間は残った者に悲しみだけではない、力も与えてくれる。
- アフガニスタン 山の学校の子どもたち
- 長倉洋海
- 偕成社 2006-08
会場で買った。中には長倉さんの直筆のサインが書かれてあった。
羽ばたけ
山の子どもたち
長倉洋海
じっくり見る。遠い遠いお山の村で学び暮らす子どもたちの姿。けれどとても近い。その場で同じ呼吸をしている写真だ。
関連ウェブサイト
新在家の秋祭りへ
15. October 2006
先週に続いて、神戸灘まで秋祭りへ。絶好の秋晴れ。祭り日和。テンションも上がります。またしてもおみこしを担がせてもらいました。しかし、すっかりお祭り男と化してるなあ。今回はおみこしをかついでいるよりカメラを構えてるほうが多かったかな。
こちらの新在家のお祭りでは、おみこしが大・中・小の3台。3台がつらなると壮観でした。

灘の町をおみこしが練り歩きます。この青いはっぴがまたかっこいいっす。しまった。自分の晴れ姿の写真がない。。。

日もすっかり暮れて、提灯を灯したおみこし。お祭りのクライマックスは若宮神社へのお宮入り。激しかったです。
奇しくも2週続けて灘の秋祭りに参加させてもらいました。自分たちの町を愛している人たちが暮らす町はやっぱり気持ちがいい。お祭りをきっかけにそんな町の心意気に触れることが出来て幸せな秋の一日でした。でも、明日は絶対筋肉痛。。。肩も。
カンボジアから来日中のアキラと再会
14. October 2006
カンボジア、シェムリアップで個人で地雷除去を続けているアキラが体調不良で日本の病院で治療するために9月21日に来日した。10月13日には学校で講演するために大阪にやって来た。
アキラは自宅を地雷博物館として開放していて、自ら撤去した地雷を並べて、訪れた人たちに地雷の怖ろしさを伝えている。僕もシェムリアップに行くたびに彼のところへおじゃまさせてもらっている。以前、近所の子供たちを集めて青空日本語教室をやっていたことがあり、日本語の先生をやったりした。
[写真]撤去された地雷を手に構造を説明するアキラ。2003年1月、地雷博物館にて。
アマタもすっかり大きくなったとのこと。そして2人目のミンも生まれたとか。おめでとう。
[写真]ワットさんと生後2ヶ月ぐらいのアマタ。2003年1月。

B型肝炎にかかってしまい病院で治療を受けたもののまだ体調は万全でなく、たくさん話をすることは出来なかったけれど、3年ぶりの久しぶりの再会で顔が見れて良かった。さらに日本語が上達していて感動。それにひきかえ、僕のクメール語は消滅寸前。。。
大好きな日本食は、かぼちゃ、のりの佃煮、しいたけだとか。なんか意外。次にカンボジアへ行くときはお土産で持ってくよ。くれぐれも体に気をつけて。
はああ。早くカンボジアに戻りたい。
関連ウェブサイト
天空: tiancoo
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天空: tiancoo is a site of photographer 明博史 // Hiroshi Ake.
"tiancoo" means the sky.
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