カンボジア地雷博物館へ

27. January 2009

今回、アキラと会うのはそもそもカンボジア地雷撤去キャンペーン(CMC)のスタディツアーが地雷博物館を訪れる時に、アキラにみんなの前で話をしてもらおうと依頼するためだった。アキラが率いる地雷・不発弾撤去NGO「Cambodian Self Help Demining」が活動している地雷原まで出かけて、彼と会うことが出来、快く引き受けてもらえた。次に、地雷博物館のOffice ManagerであるBou Senghorさんにもスタディーツアーの受け入れをお願いするために地雷博物館まで出かけた。

新しい地雷博物館に来るのは初めて。1999年にアキラが始めた「アキラの地雷博物館」。その後、カナダのNGO「The Cambodian Landmine Museum Relief Fund」がサポートにつき2007年、「カンボジア地雷博物館」として場所を移転してリニューアルオープンした。シェムリアップ中心部からおよそ27キロ、バンテアイ・スレイ遺跡の手前6キロほどのところにある。2000年にバンテアイ・スレイ遺跡を見に行った時は道路は未舗装でけっこう時間がかかった記憶がある。今は完全に舗装され劇的にアクセスが楽になった。

9時前に着く。Bou Senghorさんが外出していたので先に館内を見て歩く。

カンボジア地雷博物館、展示館内

かつての「アキラの地雷博物館」とは違って整然とした博物館になっていた。以前は彼自身が建てた小屋に地雷や不発弾が展示、というか雑然と並べられ、目の前にあって手に取る事も出来た。強いインパクトがあった。それに比べるとガラスのショーケース内に地雷・不発弾が納められている展示は物足りない。地雷や不発弾を展示するには、CMAA (Cambodian Mine Action and Victim Assistance Authority) の査察と許可が必要で、以前のようなダイレクトな展示方法は認められなくなったのだ。仕方ない。とはいえ、学ぶべきものが多い場所である事には違いない。じっくりと見て回った。

カンボジア地雷博物館、地雷展示
展示棟が並ぶ真ん中に撤去された地雷が収納されている建物がある。中へは入れない。

やがてBou Senghorさんが戻って来た。スタディーツアーの件を承諾してもらい、少し話を伺った。地雷博物館は地雷・不発弾の展示だけではなく、地雷の被害に遭った子どもや孤児や貧困にあえぐ子どもが暮らす施設でもある。現在、小学生から高校生まで26人の子どもたちが暮らしている。ここから公立の学校へと通っているが、それに加えて施設内でもボランティアの教師が教えている。ちょうど学校へ行っている時間で子どもたちには会えなかったが、機会があれば子どもたちから話を聞いてみたい。

午後から同じくスタディーツアーで訪問予定のモンドルバイ希望小学校へ。モンドルバイ村はアンコールワットの近くにあり、地雷の被害で障害を持った人が多く暮らす村。「チュンピカ村(障害者の村)」と蔑まれていたこの村に2002年、国際人権ネットワーク代表の緒方由美子さんが学校を建てた。CMCも支援している。この学校の様子を見に行ったのだが、あいにく学校は休みだった。

  • シェムリアップ
  • 移動距離 66km
  • 所要時間 2時間10分
  • 移動手段 バイク

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